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政策決定過程における数字の罠 

 今回は修士論文を書くために読んだ文献で面白かった文章を紹介したいと思う。政策を決定する上で、数字(費用対効果など)を基にすることは一般的なことだと思うが、以下のように、専門家の挙げる数字はいい加減な場合があるという話。経済政策は経済効果を示す数字が根拠になるはずだけど、もしこの例のようにいい加減だったら恐ろしいな(苦笑)

「専門家の進言に限界があることは、第一世代のアメリカ製ICBM(大陸間弾道弾)の性能目標を設定するに当たって、優れた科学者のグループが用いた根拠を洗い直していると、はっきりする。その目標は『一メガトン弾頭の爆発力、五千五百海里の着弾距離、五マイル以内の精度』とされた。ハーバード・ヨークが報告しているとおり、軍の首脳部をはじめとし関係者はこの目標を額面どおりに受け取り、これによって実際にアメリカのICBM製造計画の形態と規模が決まったほどだった。・・・中略・・・では、なぜ一・〇メガトンなのか?答えは百万がわれわれの文化のなかで、とくに通用性の高い概数だったからであり、それだけが理由だったのだ。金持ちのことをだれもが、“百万長者”といい、決して一千万長者とか十万長者とはいわないのと同じ理由で、私たちはアトラス弾頭の破壊力を一メガトン(百万トン)に決めたのだった。ことはそれほど神秘的であり、私も神秘論者の一人だった。かくて、アトラス弾頭第一号の実際の大きさとそれが殺りくする人間の数は、人間が五本指の手を二本持っていて、十進法でものを数えるという事実によって、決定されたのである。・・・中略・・・あとの二つの数字もほ同程度にいい加減だった。五千五百海里は目標を単に地球表面の四分の一と同じに定めたにすぎなかったし、五マイル以内の精度というのも、もっと精度は高められると意見と五マイルなら上出来だとする意見の間をとった妥協値でしかなかった。」

引用元:モートン・H・ハルペリン、山岡清二訳『アメリカ外交と官僚―政策形成をめぐる抗争―』サイマル出版会、1978年、146-148頁。
[ 2011/01/05 00:01 ] その他 | TB(0) | CM(9)

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